この話はフィクションです。舞台となる町や施設、人物、出来事は創作です。実在する地域・団体・人物とは関係ありません。
第02話 ページが増えた朝
翌朝、黒いノートは澪の学校机に入っていた。表紙は乾いているのに、紙の端だけが水を吸ったように波打っている。教室へ最初に来た生徒も、廊下の防犯映像を確認した教師も、置いた者を見ていなかった。
交番へ電話すると、巡査はしばらく黙ったあと、保管棚から同じ拾得物が消えていると認めた。鍵も記録も異常なし。悠斗は事実だけをノートに並べたが、『戻ってきた』という一行だけは二重線で囲んだ。
昨日はなかったページに、『夕鳥川、緑橋、十七時四十分』と現れていた。文字の溝には細かな砂が入り、澪が机を動かすと一粒だけ床へ落ちた。理科室のルーペで見ると、川辺に混じる赤いガラス片だった。
澪は誰かに行動を決められるのが嫌だった。届け直しても戻るなら、仕掛けた相手を見つけて終わらせる。そう言うと、悠斗は『行くなら記録する。怖かった、だけで終わらせない』と条件を出した。
放課後まで、澪は時計を見るたびに針が早まったように感じた。対して悠斗は橋周辺の地図、日没時刻、交番への連絡先を一枚にまとめた。彼が早口になるのは怖いときだと、澪は小学生のころから知っている。
十七時二十分、二人はノートを透明袋へ入れて学校を出た。校門を抜けた瞬間、閉じた袋の中でページがひとりでにめくれた。新しい行はない。ただ、緑橋へ向かう線だけが、脈を打つように濃くなっていた。
